ここだけの秘密ですが。
巷で噂のヒーローって俺のことなんですよ。
困ってる人を見つけてサクッと助けちゃおうかと思って。
今日は猛暑日ということで軽くやっつけでパパっと片付けちゃうかと。
池袋周辺を歩いていると、何やら叫び声がする。
チャンス!
一日一善をモットーとしている俺としては声のする方へ一目散に駆け出す。
路行く人を押しのけ、跳ね飛ばし、黒い風のように走る。
西口公園で酒宴の、その宴席のまっただ中を駆け抜け、酒宴の人達を仰天させ、犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の10倍も速く走る。
俺が行かなきゃ誰が誰が行く。
待ってろよ、セリヌンティウス!
ひとしきり走るとまたしても叫び声が。
まずい太陽が沈みきってしまう。
ようやく声の主とご対面だ。
ん?
目の前で女が男とイチャイチャしている。
やだー、もうー。
約束の時間にギリギリ来ないでよ。
ほんと心配したんだからー。
勘弁してよー。
いじわるー。
ってか、その目エロスー。
・・・
既にメロスは到着していたようだ。
もうちょい早く教えろと。
なんか後ろから怒号が聞こえるんだよね。
そりゃ、そうだよな。
宴席を土足で駆け回ったからね。
やんのかこらぁーとかドス黒い声で叫んでるし。
もうやっちゃいました、とか答えたら、やんのかこらぁーってなってるし。
いや、だからもう後の祭りなわけ。
存分にビールとか枝豆なんか蹴っ飛ばしたしね。
とはいえ、このままここにいると俺がセリヌンティウスになりそうだ。
しかも、やつは明らかにメロスのような義のために走っていない。
俺はまた風となり、駆け出す。
待てこら男とヒーローの追いかけっこに発展。
意外に人の多い池袋の北口あたりをメッシのごとくボディフェイントで駆けていく天馬。
途中、酔っ払いのおっさんを軸にして、ひょっこりはんしながらついに俺は東口に辿り着く。
なかなか振り切れない。
おかしい。
いつもの俺なら2、3杯飲んでも軽くトイレでもどせば復活するほど強いのに。
なんか足が重いと思って下を見ると下駄を履いていた。
ははは。
乾いた笑い声が東口に響き渡る。
そうこうしてるとやつがすぐそばまできているではないか。
俺は慣れた感じで、サンシャインを目指す。
そして、左へ曲がりヲタの聖地へと足を向ける。
目の前のビルの階段を一気に駆けのぼる。
やたらと足音がうるさいと思ったら俺だった。
下駄いらなくね?と思うがこれもハンデ。
頂上にひらりと降り立つとウエストポーチから折りたたみメイドごっこ2019を出す。
素早く両の手で器用に着替える。
スカートを忘れたことに気づく。
しょうがないので海水パンツで代用する。
そして、ボストンバッグから化粧ポーチを取り出し、入念なメイク開始だ。
最後は紫の愛くるしい口紅をつけ、んぱっんぱっとやって終了。
どこからどうみても変態の完成。
さぁ、来るなら来い。
こちとら最初っからネジは飛んでいるから容赦しない。
きた。
ついにやつと感動のご対面。
てめー、やっとつかまえたぞー、とか言いながら右の拳をあげてるんすけど。
ちょっと待て。
お前の目の前にいるやつは完全にヤバいやつだぞ。
仮に俺がお前の立場なら・・・
ガスッ
景色がグニャッとゆれる。
どうやら俺は殴られたようだ。
コンクリートと血の味がする。
いかん。
俺はすぐに態勢を立て直し、ボストンバッグに手を入れる。
んぱっんぱっ。
よし。
口紅も塗り直して準備万端。
ん?
振り向くとやつはもういない。
ふふ。
圧倒的完勝とでもいおうか。
俺はゆっくりと階段を降りる。
遠くからファンファーレの音が鳴っている。
勝者の証か。
・・・
そして、俺はゆっくりと連行された。