ここだけの秘密ですが。
巷で噂のヒーローって俺のことなんですよ。
困ってる人を見つけてサクッと助けちゃおうかと思ってですね。
あれっ、遠くから俺を呼ぶ声がするんだが。
強いテラを感じる。
誰だあれは。
若い女がニコニコしながら近づいてくる。
何か言っている。
何やら黒い影が俺の後ろに見えるらしい。
それを払うために一緒にお祈りしましょうと目を閉じている。
優しい女だ。
まさか俺に好意があるのか。
新たな出会いに乾杯しよう。
何分かすると女は周りの音がうるさすぎて上手く祈れないと言う。
静かなところでないと邪気は出ていかないらしい。
何処までも優しい女だ。
俺は女神の後をついていく。
どこかのマンションらしい。
おいおい。
流石に、流石にこれはヒーローらしからぬ展開になりそうだ。
玄関には複数の靴が乱雑に散らかっている。
しょうがないやつだ。
少しだけ匂いを嗅ぎつつ靴を揃える。
奥から声がする。
俺を呼んでいるようだ。
ふぅ、仕方がない。
ドアを開けると男が2人いる。
祈りましょうとしきりに声をかけられる。
何だ何だ。
見ず知らずの俺にみんな祈ってくれるのか。
世の中捨てたもんじゃない。
俺は言われるがままに祈る。
口に出さないと邪気が外に出ないと言う。
どんな言葉でもいいらしい。
俺は大きな声でラジオ体操第一を唱える。
例の女はうーえーをむーいてー、あーるこーうぉうぉうぉーと熱唱している。
街で見かけたら絶対近づきたくないタイプだ。
男Aは1日1歩3日で3歩とか牛歩戦術の歌を熱唱してる。
と思ったら、3歩進んで2歩さがるとか言いだす。
1日1歩かと思ったら、3歩進んで2歩さがるとかドラマチックな説明も加えてくれる優しいやつだ。
男Bは暗闇であなたの背をなぞったーとか、ストーカーの歌を熱唱してる。
まさにカラオケ状態。
俺も負けじとサビの部分を熱唱。
足を横に出してー、斜め下に深く曲げてー。
その時、男Aが俺の方を見てニヤリと笑うのを見逃さなかった。
多分、できるやつと思われたに違いない。
さらに俺は歌を続ける。
開いて閉じて!開いて閉じて!
女、男Bが俺の方を見て、目を丸くしてる。
なんか分からないが、邪気がどんどん外に出ていっているようだ。
女が急に選曲を変える。
おーとこにはー、自分のー、せかいがーあるー、例えるならー。
何故かここで黙る。
おいおい。
例えるならなんなんだ。
女は俺の方を見て、くいっくいっと首を縦に振っている。
俺への挑戦状か。
男A、Bも女と張り合って選曲を変える。
デュエットで今度は攻めてくる。
さよならはー、いつまでたってもー、とても言えそうにー、ありーませんー、とか日本語を覚えたての幼児の歌を熱唱。
ならば俺はこいつでいこう。
はじめてーのー、チュー、君とチュー、うふふ。
みんなが拍手をしている。
グランプリ獲得といったところか。
俺は満足して、後ろからの惜しみない拍手を背に颯爽とドアを開けて外に出る。
帰ろう。
風のみが奏でる夏の空を存分に楽しむ。
俺は歩きながら思う。
ってか、マンションの方がうるさくねぇ?
今日の出来事について人から聞かれても答えられる自信は無い。